小さな国は今、大きな国に攻め立てられて、潰れそうになっていました。
  数え切れない犠牲を払っても、状況はいっこうに良くなりません。
  それでも勇敢な小さな国の国民は希望の光を失う事はありません。

  この国には、ひとりの歌姫が居ました。

  歌姫は歌い続けました。
  すると不思議と、人々が失っていた元気を取り戻す事ができたのです。
  この国は歌姫が誇りでした。
  同時に歌姫も、この小さな国が誇りでした。

  歌姫は今日も歌います。



  兵士さん兵士さん

  どうか祖国に大きな勝利と平和をください

  兵士さん兵士さん

  どうか一人でも多くの敵を殺してください



  そんな願いを込めて、歌姫は歌い、兵士達は戦いました。

  彼女が歌い続ける限り負けることは無いと。
  誰もが彼女を神のように崇め信仰していました。


  だけど。
  小さな国の人々が、再び笑顔を取り戻す事はありませんでした。


  小さな国は果敢に戦いましたが、滅亡寸前まで追い込まれてしまいました。
  国王は既に殺されてしまいました。
  兵士も、国民も、たくさんたくさん殺されました。

  我が国に歯向かうからこうなるのだ!
  いいか、誰一人とて逃がすな!
  この国の人間は全て殺せ!

  大きな国の王は叫びます。
  大きな国の兵士たちは士気を高め、小さな国の生き残りをくまなく探し、そして殺していきました。



  兵士さん兵士さん

  どうか祖国に大きな勝利と平和をください

  兵士さん兵士さん

  どうか一人でも多くの敵を殺してください



  その時でした。
  何処からともなく、あの可憐な歌声が聞こえてきたのは。
  


  兵士さん兵士さん

  どうか諦めないでくださいませ

  兵士さん兵士さん

  どうかその剣で一人でも多く殺してください



  大きな国の兵士はすぐに歌姫を探し回ります。
  やがて立腹した大きな国の王の前に、一人の少女が投げ出されました。


  おのれ小娘め!
  今まで何処に隠れておったか!


  大きな国の王は訪ねました。
  

  あなたがたでは決して見つけることのできない所ですよ


  歌姫は怖がる素振りを見せません。
  それどころか、再びあの歌を歌いだしたではありませんか。
  怒りを覚えた大きな国の王は、兵士に歌姫の首を落とすよう命じました。

  ごろん。

  途端、愛らしい首が転がりました。
  切断面からはおびただしい血を噴き出しながら、それでもその唇は歌を紡ぎ続けます。
  あまりの恐ろしさに半狂乱になった大きな国の王は、兵士から剣を奪い取ると、歌姫の頭をめった刺しにしました。

  それでも歌姫は歌い続けます。

  そんな状態が何分続いたでしょうか。
  やがて最後の一音を歌い終えると、歌姫は瞼と唇をゆっくり閉じ、動かなくなりました。




  それから、何十年かの月日が流れました。
  大きな国は今や世界で最も力のある国として、名を轟かせています。
  人々の記憶からあの歌姫がほとんど消えかかっていた頃、それは起きました。

  まずは大きな国の王族が次々と変死していったのです。
  そして人々はひとり、またひとりと次々に死んでいきました。
  あんなに栄えていた国がたった一夜で死の都と化したのです。



  偶然通りかかった旅人のひとりはこう述べました。

  「明朝、僕が尋ねた頃には、既に全員死んでいたんだ。でもみんな何故か心地良さそうな表情だった。

  まるでこの世のものではない程の、美しい歌声でも聴いているかのようだったよ」と。