「私のふるさとはね、秋になると毎年、綺麗な金木犀が咲くのよ」 病室の窓から見える、ほんのり雪を被った木々を見て、彼女は言う。 この時期の北国は寒い。 僕は彼女が体を冷やさないように、少しはだけたシーツをかけ直す。 「ほら、木に咲いてるこの小さな花が、金木犀の花」 彼女は手にしていた写真を眺めながら微笑んだ。 昔、ここに来る前に地元で撮ったものだそうだ。 僕の住んでいるここら辺の地域では、見慣れない花だ。 「可愛い色と形でしょう?あなたにも見せたかったの」 「へぇ、これが金木犀かぁ。思ってたのと少し違うなぁ」 「とっても甘くて良い香りがするのよ」 「確か芳香剤であったっけ?『キンモクセイの香り』って」 「もう、そんな人工的な香りじゃないわよ。もっと素敵な、自然の香り」 金木犀は寒い地域では上手く育たない。 だから彼女の話はなんだか新鮮だった。 「でも雨なんて降った日にはね、花はすぐに落ちてしまうんだから」 「そうなんだ・・・。何だか儚いね」 「でも落ちた花で橙色に染まる道も、とても綺麗なのよ。 金木犀はね、死んでも美しく輝くの」 僕の左手を握る手が、きゅっと強くなった気がした。 「ほんとは本物もあなたと見たかったんだけどね・・・」 「私も金木犀のようになれると思う?」 そう言って彼女は僕に微笑みかけた。 僕はといえば、「一緒に見に行こう」とも「きっとなれるよ」とも言えずに、ただ震えるだけだった。